診療を始める

日本へ到着したヘボンさんは成仏寺という浄土宗のお寺に住むことになりました。今の横浜市神奈川区にあたります。

日本へ宣教のためにやってきたヘボンさん夫妻ですが、キリスト教は禁止され、生命に不安を感じ、言葉がほとんど通じない、という状況でしたから、その苦労は大変なものだったと想像されます。

そんな中ヘボンさんは本業である診療を始めました。言葉が通じにくくても、症状は表情や身振り手振りで、ある程度治療ができたということでしょうか。

成仏寺の近くに宗興寺という場所を見つけ、診療所を開設し、本格的に病気の患者を診はじめました。


ニューヨークでは名医として有名だったヘボンさんです。外科手術や眼病治療ではめざましい治療の効果をあげ、その上治療費をとらなかったといいます。

貧しい人も、役人もヘボンさんの診療を受けに遠くからやってきたというのも無理ありません。

そのうちにヘボンさんの名前は関東一円で知られるようになりました。

 ♪ ヘボンさんでも草津の湯でも恋の病は治りゃせぬ〜

と広くうたわれたのも、ヘボンさんが名医だった証拠なのです。

この診療所は、しかし5ヶ月で閉鎖されることとなります。ヘボンさんがあまりに目立ち始めたので攘夷の思想をもった浪人に襲われるのではないかと、役所が動いたのです。

短い5ヶ月の間でしたが、その間、白内障の手術、痔ろう手術、脳水腫の手術、背中のおできの切開など多数の手術が行われ、診療した患者数は3500人にもなったということです。

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